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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)8144号 中間判決

②判決

原告

品川白煉瓦株式会社

右代表者代表取締役

浅岡善一

右訴訟代理人弁護士

鈴木正具

牧元大介

岡野谷知広

三木浩一

被告

ヒューストン・テクニカル・セラミックス・インク

右代表者社長

ジェラルド・エス・ラザーラ・ジュニア

右訴訟代理人弁護士

大塚正民

上柳敏郎

小島延夫

トーマス・エル・ブレークモア

主文

被告の本案前の主張はいずれも理由がない。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告の被告に対する、別紙「被告の主張」目録記載の内容の不法行為に基づく損害賠償債務の存在しないことを確認する。

2  原告の被告に対する、同目録記載の内容の製作物供給契約違反に基づく損害賠償債務の存在しないことを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の本案前の答弁

1(主位的申立て)

(一)  本件訴えを却下する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

2(予備的申立て)

本件訴訟手続を中止する。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、被告の昭和六〇年一一月二七日付け、昭和六一年八月一日付け、同月二二日付け、同年九月九日付け(同年一〇月三〇日に一部変更)、昭和六二年三月一八日付け及び同年六月一日付けの各注文書に基づき、右各日時のころ、順次、被告との間でアルミナ・セラミック・リングの製作物供給契約(以下総称して「本件契約」という。)を締結した。

2  原告は、本件契約に基づき、右注文に係るアルミナ・セラミック・リング(以下「本件アルミナリング」という。)を、債務の本旨に従って被告に対して供給した。

3  ところが、被告は、別紙「被告の主張」目録記載のとおりの主張をし、昭和六三年三月一八日、原告を被告として、アメリカ合衆国テキサス州南部地区ヒューストン部連邦地方裁判所に損害賠償請求訴訟(以下「米国係属訴訟」という。)を提起した。

4  よって、原告は被告に対し、原告の被告に対する別紙「被告の主張」目録記載の内容の不法行為又は本件契約違反に基づく損害賠償債務の存在しないことの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

1  日本の裁判所は、以下の理由により、本件訴えについて裁判権を有しないから、本件訴えは不適法である。

(一) 被告はアメリカ合衆国テキサス州法によって設立された会社であり、日本には被告の普通裁判籍はない。本件訴えの訴訟物である損害賠償債務の義務履行地は被告の住所地(アメリカ合衆国内)であり、本件訴えの管轄はアメリカ合衆国の裁判所にある。

(二) なお、本件訴えについては、これを不法行為に関する訴訟としてその管轄を決するべきではない。

すなわち、原告と被告は直接の契約関係にあり、被告が米国係属訴訟において主張しているのも契約上の責任であるところ、原告は、日本国内に管轄を求めるためにことさらに不法行為と構成したうえでその損害賠償債務の不存在の確認を求めているものであり、これを不法行為の事件として管轄を決定するのは実態を無視したものである。

また、民事訴訟法一五条の趣旨に照らして考えても、加害者側というべき原告が不法行為地の管轄を援用することは、公平・条理の観点から許されるべきではないし、本件アルミナリングの現在地はアメリカ合衆国内であるから、その瑕疵の有無を判断する立証の便宜においても、テキサス州の裁判所の方が本件を審理するに適しているというべきである。

(三) 仮に、加害行為地を基準として管轄を決定するとしても、本件の加害行為地はアメリカ合衆国である。

2  また、本件訴えは、本件訴えに先行して係属している米国係属訴訟との関係で、国際的二重訴訟における後訴に当たるから却下されるべきである。

3  仮に、本件訴えが適法であるとしても、将来、国際的に矛盾抵触する確定判決が併存する事態を避けるため、米国係属訴訟の判決がなされるまで、本件訴訟手続を中止すべきである。

三  被告の本案前の主張に対する原告の主張

1  原告が本件訴えの訴訟物の一部を不法行為に基づく損害賠償債務と構成したのは、被告が米国係属訴訟において請求している製造物責任及びテキサス州詐欺的取引行為法違反等が実質的に不法行為に関する訴えであるからであり、本件訴えの管轄を不法行為地によって決定するのは当然である。そして、本件アルミナリングの設計、製造は日本国内で行われたのであるから、加害行為地も日本国内であり、日本の裁判所は本件訴えの裁判権を有する。

なお、契約責任の義務履行地によって管轄を決定するとしても、本件契約上、本件アルミナリングの出荷方法はエフ・オー・ビー約款又はシー・アイ・エフ約款に従って成田から出荷するとの合意があったので、右義務履行地は日本国内である。

2  本件アルミナリングの瑕疵を判断する立証の便宜においても、本件アルミナリングの設計、製造がなされた日本において審理するのが妥当である。なお、本件アルミナリングが現在アメリカ合衆国内に存在するとしても、本件アルミナリングは掌中に入る程度の大きさであり、しかも軽量であるから、被告がこれを日本の裁判所に提出することは極めて容易である。

3  また、国際的二重訴訟は民事訴訟法二三一条に抵触するものではなく、訴訟手続中止の事由でもないから、本件訴えを却下し又は本件訴訟手続を中止すべき理由はない。

なお、米国係属訴訟は、昭和六三年八月一二日に却下され、被告は、同年九月二三日に同一内容の別訴を同一裁判所に提起したのであり、現在係属中の後者の訴えは本件訴えの後訴に当たる。

理由

一被告がアメリカ合衆国テキサス州法に準拠して設立され、同国内に本店を有する外国法人であることは弁論の全趣旨によって認められるところ、国際的な民事裁判管轄権については、わが国において実定法の定めもなく、国際的に普遍性を持つ条約の定めも慣行も存在しない。したがって、外国法人である被告に対する本件訴訟の管轄権が当裁判所にあるかどうかは、わが国の民事訴訟法の土地管轄に関する規定によって徴表される条理によって決定されるべきであり、以下、この観点によって判断する。

二被告の普通裁判籍について

被告が外国法人であることは前記のとおりであり、被告が日本国内に営業所を有しないことは弁論の全趣旨によって認められるので、わが国には本件訴えについての被告の普通裁判籍はないものと認められる。

三不法行為地による管轄決定の適否について

1  原告の本件請求は、原告の被告に対する別紙「被告の主張」目録記載の内容の不法行為又は本件契約違反に基づく損害賠償債務の存在しないことの確認を求めるものである(このことは、主張にあるとおりである。)。したがって、本件訴えの訴訟物の一部が不法行為に関する訴えに当たることは明らかであるというべきであり、その管轄については不法行為地によって決定することが相当であることは、民事訴訟法一五条(その背後にある条理)によって認められるとおりである。

この不法行為地は、加害行為が行われた地を含むところ、弁論の全趣旨によれば、本件アルミナリングの設計・製造は日本で行われたことが認められ、その製品としての欠陥に基づく不法行為責任に関してはわが国が不法行為地に該当し、わが国にその裁判管轄権を認めることができる。

2  ただし、右規定を適用することが条理に反する結果となるような特段の事情が認められるような場合には、右規定の適用を排除される余地もあると解されるところ、この点、被告は、原被告は直接の契約関係にあり、米国係属訴訟は不法行為に関する訴えではなく、専ら契約上の責任を追求するものであるのに、原告は日本に管轄を求めるためにことさらに不法行為に基づく損害賠償債務の不存在の確認請求を付加したものであるから、不法行為地によって本件訴えの管轄を定めることは、本件の実態に適合せず、立証の便宜も図り得ないことになり、条理に照らし許されないと主張する。そこで、以下判断する。

(一)  弁論の全趣旨によれば、米国係属訴訟において被告が主張している損害賠償請求の内容は別紙「被告の主張」目録記載のとおりであることが認められ、これによると、右損害賠償請求は、原告が被告に対して故意・過失により瑕疵のある製品を供給したことによって生じた損害につき賠償を求めるというものであり、右主張の中には、原告の故意・過失による被告の権利の違法な侵害という内容を含むことが認められる。そして、わが国法上も、一般に売買の目的物に契約の趣旨に合致しない欠陥があるために生じた損害についての賠償責任は、債務不履行によるそれと不法行為によるそれとが競合して成立すると解されること、しかも、本件においては、いずれの性質の損害賠償請求権と構成したとしても、両者は請求の基礎を同一とする請求であり、結局、本件アルミナリングの瑕疵の有無が主要な争点となることが予想されることを考えると、この不法行為に基づく損害賠償請求権(債務)の不存在を求める訴えが許されないと解すべき根拠はなく、これを認める以上その訴えの管轄は、不法行為に関する訴えについてのそれとして判断すべきである。

その場合その不法行為が契約関係に起因するとしても、特別裁判籍については専ら契約上の債務履行地によるべきであって、不法行為に関する訴えの管轄によるべきではないとする法理はない。この管轄によることが適当でないとする特段の事由がある場合にこれを排除すれば足りるものである。

(二)  そして、前記認定のとおり、本件アルミナリングの設計・製造は、日本国内で行われており、弁論の全趣旨によれば、右設計・製造は被告の注文に応じてわが国において行われたことが認められ、これらによると、本件契約の内容、本件アルミナリングがその趣旨に沿ったものかどうか等につき、日本国内に居住する証人等の申請及び採用の必要性が予想されること、また、弁論の全趣旨によれば、本件アルミナリングは現在アメリカ合衆国内にあるが、容易に携行し得る程度の大きさ・重量であることが認められ、以上の事実にかんがみて、本件訴えを不法行為に関する訴えの管轄を基準として日本国内で審理することが適正な審理を阻害するような結果をもたらすということはできない。また、右認定の契約締結並びに本件アルミナリングの設計、製造の過程に照らせば、本件アルミナリングの欠陥に関する紛争処理をわが国で行うことは当事者の予測に反するものでもない。

また、本件において不存在確認の対象とされているその余の被告の請求は、いずれも右不法行為に基づく請求と基礎を同じくするものであるから、本件訴えのうちそれらの不存在の確認を求めるものも、右不法行為に基づく請求権の不存在の確認を求める訴えと併合してわが国の裁判管轄を認めることが相当である。

(三)  なお、原告は、被告の米国係属訴訟に対抗するために右訴訟において被告が請求する債権の消極的確認訴訟を提起したものであることが認められるところ、かかる訴訟を当裁判所において審理することが被害者たる被告に著しい不利益を及ぼすことになり、公平・条理に反することになるかどうかについて考えてみる。

米国係属訴訟が、その判決の執行の実効が期待されるのはわが国であるにもかかわらず、原告(米国係属訴訟における被告)の普通裁判籍の存するわが国に提起されていないこと、右に認定したとおり、本件紛争は企業間の取引にからむものであり、その解決をわが国で図ることが当事者の予測に反せず、証拠調べの便宜にも沿うことを考慮すると、本件訴訟の管轄をわが国に認めることが公平・条理に反する結果をもたらすとは認められない。

四次に、被告は、本件訴えは国際的二重訴訟における後訴であるから却下されるべきであると主張するが、民事訴訟法二三一条にいう「裁判所」とは外国裁判所を含まないというべきであるし、一般的に国を異にして係属した訴訟について二重起訴を禁止する慣習、条理があるとも認められないから、右主張は理由がない。

五また、被告は、予備的に、本件訴訟手続の中止を求めるので判断するに、本件訴えのように渉外的事件であっても、わが国の裁判所に適法に係属する以上はその訴訟手続についてはわが国の民事訴訟法に従って律せられるというべきであるが、国際的な訴訟の二重係属が生じたとしても、後訴が法律上当然に中止になるとか、裁量的に中止することができるとする実定法上の根拠はなく、実質的にも、前記のとおり、本件の審理についてわが国における訴訟係属を抑制すべき根拠があるとはいえないから、本件訴訟の進行に優先して米国係属訴訟の判決(その確定又はわが国における承認)を待つべき理由はない。

六よって、被告の本案前の主張はいずれも理由がないので、主文のとおり中間判決する。

(裁判長裁判官稲葉威雄 裁判官山垣清正 裁判官宮坂昌利)

別紙「被告の主張」

原告と被告は、昭和六〇年一一月二七日付、同六一年八月一日付、同六一年八月二二日付、同六一年九月九日付(同六一年一〇月三〇日付で一部追加)、同六二年三月一八日付及び同六二年六月一日付の各々の注文書に基づき、アルミナ・セラミック・リングを、原告が日本において製造し、被告に供給する契約を六回にわたり各々締結した。しかしながら、右各契約に基づき原告が日本において製造し被告に供給したアルミナ・セラミック・リングは、被告が原告に指示した仕様に適合しないものであった。右アルミナ・セラミック・リングの欠陥は、原告の設計・製造における過失及び故意によるものである。

被告は、原告から供給を受けたアルミナ・セラミック・リングを被告の顧客に販売したところ、顧客より欠陥品であることを理由に受領を拒否され、被告の信用は失墜するとともに、顧客がひき続き被告に依頼する予定のアルミナ・セラミック・リングの注文及びゴールド・ブレイズ・リングその他の注文はとりやめられ、そのことにより少なくともあわせて七〇万米ドルの損害を蒙った。

原告が、被告の指示した仕様に適合しないアルミナ・セラミック・リングを供給したことは、原告と被告の間の契約の不履行であり、リングが仕様に正確に適合するという原告による明示の保証の違反でもある。原告は、又、被告に欠陥のあるアルミナ・セラミック・リングを供給したことで、使用目的への適合性及び市販性についての暗黙の保証に違反した。原告は、又、アルミナ・セラミック・リングを良質の材料及び技量をもって製造するという暗黙の保証にも違反した。原告の、契約違反、明示及び暗黙の保証の違反は、被告の損害の、直接的、間接的原因である。

原告は、右契約違反等に基づき、被告に対し損害賠償責任がある。また原告のかかる行為は、テキサス州詐欺的取引慣行法(Texas Deceptive Trade Practices Act)に故意に違反したものであるため、原告は被告に対し三倍の懲戒賠償と弁護士費用の損害賠償責任がある。

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